マンホールカードを集めたい!

休みが少ない会社員「へろみ」の弾丸カード収集旅

28弾マンホールカード収集3泊4日旅 ~本州の真ん中と佐渡ヶ島編⑤~

こんにちは!へろみです。(*'▽')/

28弾マンホールカードと佐渡ヶ島を巡る旅のご紹介をしています。

 

前回は、

佐渡ヶ島の北のお玄関口「両津港」から、「トキの森公園」でトキに出会い、

更にダムカードやマンホールカードをゲットしながら南下して、

佐渡市役所でマンホールカードを頂きました。

 

この後も、ジャンジャンぶっちぎりで行きますよ~♪  (≧▽≦) GO GO~!

「新穂(にいぼ)市民センター」へ

こじんまりした商店街で、佐渡ならではの可愛いい街灯を見つけました。

トキが留まってますね!😃 

トキ特有の羽の内側の赤い色、とれちゃったのかな?(笑)

 

「新穂市民センター」で頂いたマンホールカードです。

やっぱりトキですよね~。とってもステキなデザインです。

「大野川ダム管理事務所」へ

続きましては佐渡ヶ島で3つ目のダム「大野川ダム」に向かいました。

すでに「久知川ダム」と「新保川ダム」で写真を撮って来たので、それをお見せしてダムカードを3枚頂きました。

いっぺんに3枚って、嬉しいなぁ。😆やったね!

「畑野市民センター」へ

続いてやって来ましたのは畑野地区。

地区のお花である「ユリ」と、地区の木「梅」のデザインマンホールです。

「佐渡博物館」へ

ジャンジャン行きます。お次は「佐渡博物館」

見学もしないでマンホールカードだけ。

食い逃げみたいでゴメンナサイです。(^^;)

 

佐和田地区のお花「菊」と、地区の木「松」が描かれています。

佐和田地区の海岸には「越の松原」という白砂青松の砂浜があるそうですが、雨なのでスルー致しまスルー♪

「きらりうむ佐渡」へ

続きまして、「きらりうむ佐渡」にやって参りました。

こちらにある佐渡金山関係の展示は、へろみの事前調査によると、めちゃくちゃ口コミの評価が高い!

佐渡金山のいろんなことが、とても分かりやすく紹介されているみたいですぞ。

「佐渡金山の見学前に、絶対行ったほうが良い」という口コミも多く、

へろみも行く気満々でしたが・・・。

 

むむむっ。時間がビミョーに押してます!😖

このあと「砂金探し」もやってみたいので、涙を呑んでマンホールカードだけ頂くことになりました。(また食い逃げ)

もはや、予備知識ほぼゼロのぶっつけ本番で、このあと佐渡金山に突入するしかありませぬ。

・・・🙄なんとかなりますっ。多分。

 

こちらで頂いたマンホールカードは「道遊の割戸(どうゆうのわりと)」です。

これぞ佐渡金山の象徴! 

予備知識ほぼゼロのへろみでも、これは知っておりましたぞ。エヘン。

金を掘り進んで行くうちに、山がこんな姿⇧になったんですよね。

山、パッカ~ン。(笑)

人の力、恐るべし・・・😱

 

おおっ♪ 駐車場の前でマンホール蓋を発見! 嬉しいな~♪('∀')

(写真にはありませんが、こちらでは歴まちカードも頂きました。)

 

佐渡ヶ島を北から南に走り抜けてきましたが、

いよいよ佐渡金山が近づいて来たんですね~(*'▽')ワクワク♪

金の塊、1個でいいから落ちてたらいいなぁ♪😆(絶対に落ちてない。)

 

おっと、その前に、絶対に立ち寄りたい場所があるのです。

それは・・・

「北沢浮遊選鉱場(きたざわふゆうせんこうば)跡」へ

史跡「佐渡金山」の少し手前で、山の合間に忽然と広大な建物群が姿を現しました。

「佐渡のラピュタ」とも呼ばれている「北沢浮遊選鉱場跡」です。

 

以前テレビでこの場所が紹介されているのを偶然見て、ずっと訪れてみたいと思っていました。

やっと来ることが出来ました。

 

まるで時が止まっているかのような美しい廃墟。

いいですね。心に沁みます・・・。

 

江戸時代から400年の歴史を持つ佐渡金山ですが、

ここに残されているのは近代化された昭和時代の産業遺跡です。

日中戦争時の国策により、佐渡では大規模な増産が行われることになりました。

山の上の採掘現場から積み出し港まで、

なんと!3キロに及ぶ広大な生産ラインが作られたそうです。

 

こちらはそのラインの中でも重要な役割を果たしていた「北沢地区浮遊選鉱場」のあと。

 

でも、ふゆうせんこう??って、何でしょうね?🙄うーん…

いろんな説明看板から、へろみなりの理解ですが・・・。

①山から採掘された鉱石は、泥などが混ざっている状態でこちらに運ばれて来た。

②それを砕いて水や薬品を混ぜてかくはんする。

③鉱物の種類によって、沈んだり浮いたりすることで選別が出来る。

④これを「浮遊選鉱」と呼ぶらしい。

む、むずかし・・・😵プシュ~ 

多分、鉱物を選別する工場みたいなもの。ですか?

(間違ってたらゴメンナサイです。)

 

北沢浮遊選鉱場は、1937年(昭和12)から1940年(昭和15)の3年間で建造され、

最盛期には1カ月で50,000tもの鉱石を処理していました。

増産計画に大きく貢献した、素晴らしい施設だったのですね。

 

⇩こちらは「シックナー」という設備。鉱物を沈殿させるための円形の池です。

ローマ(だっけ?笑)のコロッセオを彷彿させる美しさ。

古代遺跡の神殿の柱のようにも思えます。

 

ところがその後、第2次世界大戦の勃発や鉱脈の枯渇などが重なり、

わずか12年で(1952年・昭和27)、北沢浮遊選鉱場は閉鎖されました。

こんなに立派な施設が終わりを迎えるなんて、

まさに激動の12年間だったのでしょうか・・・。

 

ここで多くの人が働き、喜怒哀楽、それぞれの暮らしがあったはず。

苔やツタに浸食された建物は、たくさんの物語を秘めているかのようです。

 

(下の写真⇩)赤煉瓦の建物は、明治41年に作られた火力発電所の遺構です。

その後ろには、鉱物を運搬するトロッコもあったそう。

当時は人々の活気があふれ、ずいぶん賑やかだったんでしょうね。

 

人間が作った建物は、屋根も窓も失われて時が止まっているのに、

自然の植物たちは生き生きとして、残されたコンクリートの躯体を覆って行く。

初夏を迎える頃には、もっと緑に浸食されるのでしょうね。

悲しくもあり、美しくもあり・・・。

 

美しい廃墟は心に響きますね。

小雨が降る中での訪問でしたが、この景色には灰色の空が似合っているような気がしました。

 

さてっ・・・と!😃

いつまでも郷愁に浸っていたいのですが、なんせ佐渡金山がへろみを呼んでいますっ!

そろそろ行かねば。

史跡「佐渡金山」の見学へ

「北沢浮遊選鉱場跡」をあとにして、すぐにパッカ~ンのお山(道遊山どうゆうさん)が見えて来ました!

雲が垂れ込めていますが、「道遊の割戸」の上の方が見えています。

楽しみ~(*´ω`*)♪

 

「史跡佐渡金山」に到着しました!

お奉行所みたいな入口は、ワクワクしますよ~♪ 中に遠山の金さんが居るかもっ♪(おらんわ。)

 

案内付きの山師コース(要予約で5000円ですよ)とか、自由見学のコースとか、選べるようになっているんですね。

 

へろみは万人向き(笑)の、佐渡金山コース1500円で。

佐渡金山コースは、

①江戸時代の手掘り「宗太夫坑」②明治以降の機械堀り「道遊坑」

時代が異なる①②の坑道を見学出来るコースです。

⇩ (*'▽')絶対コレやな♪

 

結構歩きますよ。「所要時間は60~90分」だそうです。

 

まずは江戸時代の坑道「宗太夫坑」へ。

わかっちゃいたけど、急に現れるおっちゃんの人形達に、ひるむへろみ。(笑)

生野銀山(兵庫県)はマネキン人形みたいなイケメンタイプのハーフ顔の人形でしたが、こちらは純日本人風。なかなかリアルで良いですね。

それから、生野銀山は一人一人、すべてにお名前がついています。(ユニット組んで、CDまで出してますよ~。笑)

こちらも負けずに、お名前つけたらいかがでしょうか?

 

しかしすごいですね。坑道と言っても、ぐねぐねとアリの巣のようで、あっちこっちが穴だらけです。

佐渡金山の坑道は、延べ400キロにもなるそうです。

⇧木の筒みたいなのは今でいうところのポンプで、どんどん湧き出てくる地下水を上に上に送る装置です。

 

でも、結局は水をかい出すのは手作業で、これが一番の重労働だったそう。

この役割は江戸や大阪から強制的に送られて来た浮浪者(無宿人)が行い、劣悪な環境の中で、多くの人が命を落としたそうです。

⇩右下のおっちゃんは、監督さんでしょうか。働けよ。笑)

 

⇩タガネとカナヅチだけで、岩盤を掘って行きます。

なんとも、気が遠くなるような作業だったんですね。(坑道の中が、3階建てみたいにカスタマイズされています。スゴイ~!)

 

⇩「てへん」というへんてこりんな名前の帽子を被っているおっちゃんは、相当偉い人らしいです。

てへんは和紙で出来ている安全帽で、今でいうところのヘルメット。

「てへん」をかぶって「えへん」と威張っていらっしゃるのです。(笑うトコでっせ)

 

うひゃ====っ!😱この「てへんのおっちゃん」だけ動いた!(振り向いた!)

びっくりするやん。も~。

って、会社のFさんにメチャ似てるので、2度びっくり!(笑)

なんでこんなとこでバイトしてはるの?って聞きそうになりました。

 

⇩こちらは鉱脈が発見されると、お祝いと安全祈願を兼ねて行った祭事の様子です。

このお祭りは「やわらぎ」と呼ばれ、岩盤が柔らかくなるように祈ったそうです。

神様に祈りたくなるほど、硬い岩盤だったのでしょうね。

⇧写真の上部中央、白く見えるのは鉱脈を再現したもの。

鉱脈って、こんな感じなんですね。

へろみは金色の岩みたいなのが佐渡には埋まっているのかと思っていましたが、全然違った・・・。金の塊も落ちてへんし・・・。

 

さて、江戸時代の宗太夫坑を出ると、「道遊の割戸」が間近に見える広場に続いています。

霧の中、頑張って姿を見せてくれました。

感謝感謝。見えて良かった~。😂

ここまで来てこれが見られなかったら大ショックですからね。

道遊山が見えてへんって、どーゆーことよって、てへん被ってフテ寝するところでしたよ。(ん?)(^^;)…

 

道遊山道遊の割戸になったのは江戸時代初期の頃です。

この山には幅10mという優良な金鉱脈があり、その鉱脈が山頂に露出していたそうです。

そのため、山頂から鉱脈に沿って手掘りで掘り進むうち、

とうとう山が割れたような形になってしまったとのこと。

手掘りで山の形まで変えてしまったなんて、すご過ぎます!

人間の欲、おそるべし・・・。

 

道遊山の鉱脈はとても大きく、明治時代になってからも地下の道遊坑では機械による採掘が行われていました。

平成元年に閉山するまで、ずっと活躍した鉱脈だったんですね。(*'▽')/いよっ♪ どーゆーさん!

 

さてと。それでは、道遊の割戸に向かって歩いて行きましょう。

案内板に従って、数分ほど山を登ると・・・

 

なんと!山の割れ目の底(一番下の部分)が見えるのです!

ひゃ~。ぱっくり穴が開いて、地下へと続いているように見えました。

こんなふうになってたんや。(;゚Д゚)おおっ!

 

この後は再び坑道の見学に戻ります。

ここからは近代技術で機械堀りされた「道遊坑」に入ります。

トロッコの軌道の跡がありますね。

 

ふむふむ。宗太夫坑に居たおっちゃん達は、さすがにここには居ませんね。

坑道も、アリの巣みたいではなく、きれいな形のトンネルみたいです。

この後、実際に使われていたトロッコや、近代技術を駆使した機械の展示などを見て見学は終了。

江戸時代から続く佐渡金山の様子を、ほんの1時間ほどで一巡できるなんて、ほんとうに良い体験をさせていただきました。😆良かったわ~♥

 

平成元年、道遊坑の閉鎖とともに、佐渡金山は400年の歴史に幕を下ろしました。

この輝かしい歴史が、末永く守り継がれて行きますように。

佐渡のお土産、全部ピカピカの件

ちょっとやり過ぎな佐渡のお土産。(笑)

クッキーも、おせんべいも、お饅頭も、羊羹も、もはや何でもかんでもピカピカのパッケージです!

 

越後屋、おぬしもワルよの~…みたいなやつ。⇩


金の延べ棒タイプもあるのね。(*'▽')すげ~。

「ここから抜き取らないで⇧」って。

誰か抜き取って、大崩壊したんやな。(笑)

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

 

佐渡ヶ島を巡るマンホールカード収集旅も、そろそろ終わりに近づいてきました。

でも、まだ帰れないのです!

手ぶらで本州に戻るワケにはいかぬのですっ!

今から砂金取りじゃ~~~っ!😆

 

では、一攫千金の様子は、また次回に。(笑)

(*'▽')/ またね~♪